剣士と獣2


 ___あれから10年。リュオン・イナートという名の俺はただの剣士見習いになった。もう見習いとは言えないぐらい剣の腕も上がっているし、そろそろ立派な剣士として出てもいい頃だ。

 俺は2年前に剣士の修行を始めたが、俺と同い年の奴らはもっと昔から剣を握っていたらしい。けれどもどうしたことか他人は俺よりも動きが鈍く剣先の弧はえらく汚い。それに、俺に教えに来た奴らも試しに撃ち合いをしては目を丸くする。今日の講師のおじさんもたった今、似たようなことを言い出した。

「悪いけど勝負の話は」

「無しですか…。」

 普段は個人で修練をする道場に、おじさんはわざわざ剣技を教えに来たのだ。それなのに勝負をせずに終わるなんて心地が悪いにも程がある。俺だって教わるために道場に来たのだから少しくらいは相手をして欲しい。その思い入れから一度鞘に納めた二本の剣のうち片方を抜く。

「ひと勝負ぐらいしませんか?」

 少しの無言の後におじさんは言った。

「君には程遠いから無理だ。」

 おじさんは言い切った後そのままのしのしとどこかへ行ってしまった。

 程遠いって、俺はまだまだ修業が足りないのか。

 剣を鞘にしまい自分の悪い癖をさがすべく省みていると横にテインがやって来た。僅かに苛立ちを抱えたまま出た言葉はいかにも冷たい一言だった。

「なんだ?用がないなら帰れ」

「悩んでいるところに来て悪かったけど“帰れ”はないだろ。」

 不機嫌そうに横目で見るテイン。彼はテイン・ノルジストと言う名で、誇り高き剣士の名誉を馳せる一族の第三代目を次ぐ者の一人である。しかし彼には有能な姉兄がいて、そのどちらもが様々な剣技を器用に使いこなす。テインもそれなりに技術はあるが、二人と比較すれば大差で劣っているのが目に見える。

 テインと俺は同じ時期に剣を習い始め今までずっと切磋琢磨してきた。両者とも負けず嫌いだということもあり、よく撃ち合いをし互いに技能を上げては勝負を楽しんでいる。

 今回も勝負をするためにテインは剣を引き抜き俺に剣先を向けて「ひと勝負と行こうぜ」と笑いかける。断る必要はない。俺は迷わず一つ剣を抜いて勝負を買って出た。

 ある程度距離をとってひと呼吸終えた瞬間、お互いの足が勢いよく地面を蹴りつける。

剣と剣がぶつかり合い、高い音が道場内に響く。後ろに下がったところで跳躍し、テインに切り掛かる。テインは俺の攻撃を弾くと斬り反しで右に振った剣を左へ方向転換させた。その剣技を剣の横で防ぎ、二つの剣がキリキリと音を立てて擦れ合う。

「リュオン、お前また強くなったな」

「当然だ。テインの相手にならなければ意味がない。」

 俺の言葉を聞いて不意にテインの表情が歪む。少し気になったものの、隙を突いて一度テインの剣を弾き、根本を狙って下から上へ切り上げた。テインの剣は飛び、無防備になった彼に俺の剣が迫る。テインが驚愕したのと同時に首筋ぎりぎりで俺は剣を止めた。テインには焦りの表情が見られ、心外な出来事を見たかのように目を見開いていた。

「どうした不調か?」

「…不調…なのか?いや、なんでもない。ただ、俺にはもうリュオンの相手は限界なのかと思ってさ」

「どういうことだ?」

「自覚はないのか?リュオンの剣技が上手すぎて皆がみんなリュオンについていけないんだよ。」

 聞いて、俺の中にテインの言葉が響く。言葉を交わした際に浮かない顔をしたのも、おじさんが勝負を断ったのもこのせいだろうか。そんなわけがない。

「俺が優れていたら、テインから勝負を買ったりはしない。」

 テインは再び目を見開く。そしてテインはにいっと口を緩めた。

「そっか、そうだよな!俺もリュオンに負けねーぐらい頑張ってやる!」

「不用意なことはするなよ」

「おうよ!」

 テインの高めの声が石造りの道場にこだました。俺は鞘に剣を納めた後道場の真ん前でテインと別れ、早速と家に戻った。

 


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