剣士と獣1



 とある田舎町の夜。ひとつの小さな家に、母が読む絵本をまじまじと見ながら頻りに目を輝かせる幼い男の子がいた。

「『昔々あるところに、姿を持たない大きな力がありました。その力は世界を覆ってしまうほどの恐ろしいものでした。ある時は世界に突然の幸福をもたらし、またある時は、世界中に甚大な被害を招き入れました。明くる日、人々に恵を与え、ある日、天災が人々を極貧へと導きました。幸と不幸が連鎖する実態を、人々は大きな力が支配していると考えました。しかし、民は悩みました。不幸がなくなるだけでは貧しい人々には不十分だったのです。けれども災いから免れることを選んだ人々は、大きな力を封印しました。世界を救い世界を害し世界を崩壊させようとしたとてつもなく大きな力。このようなものがあってはならない、と町の首が封印の陣を張ったのです。忠実な町の人々は皆、首に反することなくそれに従いました。大きな力は石の塔に詰められ、決して人の目につかぬように地に沈められました。それ以来、封印は誰にも解かれることはありませんでした。そして大きな力は数百年経った今もなお眠り続けているのです。』…はい、おしまい」

「えー!もうおしまい?」

「そうよ。もっと長いお話もあるけど、今日はもう遅いからこれぐらいにして寝ましょう」

「うーん…わかった。明日もこの話聞かせて?」

「明日も?別のお話の方がいいんじゃない?」

「ううん、この話がいい!」

「はいはい。じゃあ、良い夢を。おやすみリュオン」

「おやすみ!」

 母が戸を閉めたのを確認し、リュオンは布団から飛び出る。消していた明かりをつけて先程まで母が読んでくれた本を棚の中から引っ張り出す。まだ字の書き方すらわからないリュオンには文字など到底読めないけれど、話はとても好きだった。温かい絵本が多くある中でこの本だけは不思議な余韻が残る。それが好奇心をくすぐるのか、リュオンは気づいた時にはいつもこの本を開いているのだ。

 この話は本当だよね、と呟くと床で寝ていた愛犬のハロの耳がピクリと動いた。

「起こしちゃったかな?ごめんね。」

 リュオンが軽く頭を撫でるとハロは閉じていた目を一度開いてまた閉じた。それはまるで「いいよ」と言っているかのようだった。

 まだ家に来て間もない小さなラブラドールのハロはいつでもリュオンの傍にいる。家族で一番の動物好きがリュオンということも理由の一つだが、それとは別に彼だけが心を通わせることができる人間だという訳もあった。

 彼らが住むこの地には話に出てきたような石の塔が存在する。話が本当で、もし何かが眠っているのだとしたら…そう考えるとリュオンは興奮して眠れなかった。

 ハロが眠ってしまったのを見てリュオンも再び布団の中に入る。今はまだ小さいけど、もっと大きくなったら絶対にそこに行って確かめるんだと堅く心に誓ってリュオンは頭まで布団を被った。

 


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