敬老の日

 

敬老の日。それは、これまで長い人生を送ってきた、お年寄りを労わり敬う日。この日だけは身内、知り合いなど、たとえ嫌いな人であろうとお世話になった年配の人へ敬意を贈ることになっている。

 

晴哉たちが小さかった十年ほど前の話。晴哉、久良は、2人とも親がいない。2人の親代わりとなって2人を育ててきたのは、若い頃に保育所を営んできた紀絵という老母だ。晴哉たちは紀絵のことをおばあさんと親しみを込めて呼んでいた。お母さんと呼ばなかったのは、2人とも自分に親がいたことを自覚しているからだった。おばあさんの手伝いをしていたのは、小柄なおばあさんとほとんど変わらない背丈の梨紅人だった。梨紅人は、力仕事の他、おばあさんが教えるに足らない部分を補うのが役目だった。これは「敬老の日」を教える梨紅人と、教わる晴哉、久良の話だ。

 

「晴哉、久良、『敬老の日』って知ってるか?」

ふいに梨紅人が言った。

晴哉と久良はお互いに顔を見合わせると、首をかしげて頭上にはてなを沢山浮かべた。

勉強を積んだ一般人にとっては常識なのだが、晴哉は父親と旅をしていたため、久良は故郷が戦場真っ盛りであったため、2人とも知る余地もなかった。正しい教育を受けてきた梨紅人は、子供ながらも、教える必要があると思い問いかけたのだった。

「敬老の日っていうのはな、おばあさんみたいなお年寄りの人にいつもありがとうって伝える日なんだ。」

梨紅人が得意げに言うと、晴哉と久良はわかったような、そうじゃないような、理解し難い表情で、梨紅人の顔を見つめた。晴哉は梨紅人に言う。

「ねえ、その敬老の日っていつなの?」

「今度の月曜日だよ。」

「何をすればいいの?」

「おばあさんが喜んでくれることかな。」

だったら、と久良が続けた。

「3人でおばあさんを喜ばせてあげたい!」

梨紅人と晴哉は顔を見合わせると、へにゃっと笑いあった。久良の意見に反対はなかった。

 

当日、家から通っていた梨紅人が紀絵の家にやって来ると、それぞれ手伝いを始めた。主に腰に負担のかかる家事で、掃除、洗濯、庭の草むしりなどだ。

(どうやって使うのかな・・・?)

晴哉が掃除機を眺めながら立ち尽くしていると、紀絵がやってきた。

「おや、掃除してくれるのね、これはこうやって使うんだよ。」

紀絵が掃除機から伸ばすコードを興味深々で覗いている間に紀絵が掃除を進めていた。

「おばあさん、僕がやるよ!おばあさんはゆっくりしてて!」

「ありがとう。でも晴ちゃんには重いから私がするよ。」

「え~。」

結局、紀絵に仕事を取られた晴哉は、ベランダで洗濯物を干している梨紅人の元へ行くことにした。

「おばあさんに掃除を取られた?」

梨紅人は晴哉と会話をしながらも、洗濯物のタオルをバサバサとはたいては物干し竿に掛ける。洗濯物は3人分で多いのは多いが、梨紅人は一人でも十分だと言わんばかりに籠から洗濯物を取っては干す作業を進める。

「晴哉はこの竿届かないしな、久良の手伝いをお願いしてもいいか?」

「わかった。」

晴哉は久良のいる庭へと向かった。

「久良、手伝いに来たよ。」

晴哉が声をかけると、久良はびくっと背筋を伸ばした。こちらを見るなり何か隠す場所を探すように視線を泳がせる。どうしたのかと歩み寄ると、散らばった草木の間に、妙な生き物がいた。うねうねと体をくねらせている、これはなんなんだ。

「イモムシ・・・なのかな?どうしたの、これ。」

「草を抜いたらいた。」

久良は他の草とは少し形の違う草を指さしながら言った。

なんだろう、このイモムシ、さっきより大きくなってない?

「怖いし、放っておいてやることをやろうよ」

晴哉は久良に声をかけるのだが、久良は諦めが悪く、じっとその生き物をみつめた。

「晴哉は、なんで大きくなるのか気にならないの?」

「そりゃ気になるけど、怖いんだもん」

「よーし、俺がつっついてみるよ」

久良の言動に対し、晴哉は思わず久良の背中にしがみついた。

「やめなよ!何が起こるかわかんないんだし」

久良はその辺りに落ちている枝を手に持つと、その生き物めがけて手を伸ばした。

その刹那、イモムシのような生き物が一気に膨れ上がり、晴哉と久良の頭上まで高さを増した。

「なにこれ!?!!?」

ぐるぐると目を回しながら尻餅をついている晴哉と、呆気にとらわれ口が開いたままになっている久良の目の前には、巨大な牙を持つ2~3mほどの幼虫型のモンスターがずっしりと構えている。モンスターは複数の目でこちらをギランと見つめると、ズシンズシンと地響きを鳴らしながらこちらに近づいてきた。

「どうした!?」

背後から、大きな音に反応して出てきた梨紅人と紀絵がそのモンスターを見て目を白黒させた。しかし、梨紅人は瞬時に目つきを変え「下がってろ」と言い放った。その直後、晴哉たちの前に飛び出し、足元が掬われるほどの勢いで手元から炎を噴射した。モンスターは見事真っ黒に焦げ縮み、元の姿を失った。

「梨紅ちゃんすごいわね~、どこでそんなもの覚えてきたの。」

紀絵は拍手をしながら笑みを向けた。

紀絵によると、先程見たモンスターはワームと言い、地中で育つ作物を食い荒らす害虫として指定されているモンスターらしい。害がない場合は放っておくのも良いが、暴れだす場合も多いそうで、今回は燃やしてしまって正解だったようだ。

 

ワーム事件が発生したものの、その後は難なく事がすすんで晴哉たちの手伝いは終わった。梨紅人は帰り間際になって、紀絵に言った。

「おばあさん、今日は何の日か知ってる?」

「さあ、何の日かね。」

紀絵はわかっているはずなのだが、知らない素振りを見せる。

「敬老の日だよ」

梨紅人は晴哉と久良にアイコンタクトを送ると、せーの!と掛け声をかけた。

「おばあさん、いつもありがとう!長生きしてね!」

紀絵に満面の笑みがあふれた。目が潤むほど幸せそうな笑みだ。それこそ、このために生きてきたといっても過言ではないくらいに。

 

零れそうな涙を抑えると、紀絵は、ぎゅっと3人を抱きしめた。

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